【1550年(天文19年)5月】

三原城からは博多にも交易船を派遣できるようだけど、堺よりも時間がかかる上に(予想)利益も少ない。三原-博多間の方が若干距離は長いとはいえ、これじゃあちょっとね。堺との交易に専念しよう。

石見中部は計算どおりの展開に。

それでは、いざ出陣!

【1550年(天文19年)7月】

3ヶ月足らずの兵糧攻めの結果……

落とした城自体は、要衝ともいえないほどの一拠点に過ぎないのだが、収穫は歴史を転換させるほど巨大だった。何と、当主・尼子晴久以下を捕虜に……。

もちろん晴久は自害しようとしたんだろうけど、何か手違いがあったんだろうね。

囚われの身になったとはいえ名門・尼子家の当主ですからね、粗略に扱うわけにはまいりません。丁重にもてなすことにしますが、晴久自身は憤懣やるかたないといった体でしょうな。晴久だけでなく、新宮党の尼子誠久(さねひさ)も捕虜に。軍記物では傲慢な人物として描かれることの多い男だが、その武勇は朽ちさせるには惜しいな。

それはともかく、重富城失陥に続く尼子晴久拘束によって、尼子家がおかしなことになった。

牛尾幸清!?

尼子一筋の武将ではあるが、いくら何でも当主はあり得んだろう。晴久の嫡男・義久はどうなってる。

尼子義久は1540年(天文9年)生まれだから、1555年(天文24年)あたりに元服・登場だろうな。登場と同時に当主に就くんだろうか。

ちなみに[捕虜処遇]で尼子晴久を釈放してみたところ、次ターンのイベントフェイズでちゃっかり尼子の当主に復帰した。ゲームシステムとしては、大名家当主の継承順位をチェックして、その時点で第一位の者を当主に就かせるようになっているらしい。

ということは、おそらく尼子義久登場と同時に牛尾幸清はお役御免となるんだろうな。現時点では、実際の当主は義久だけど牛尾が後見人として采配を振るってるというように、脳内解決しておこう。

いずれにせよ、尼子の屋台骨が揺らいでいるというのはいいことだ。ちょっと心配なのは、尼子が弱体化すると大内が調子に乗って山陰に手を出してくることだけど、来年になれば、おそらく「大寧寺の変」が起きて大内もバラバラになるはずだし、深刻な懸案事項は今のところなし。